自由を求めて

セミリタイアを目指す40代会社員の日々感じたことの記録をしていこうと思います。連絡先はkenkou146@gmail.comです。

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セミリタイアと遺伝

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人間は遺伝で大半が決まってしまうのではないかと思います。スポーツ選手が成功するのに遺伝的要素が必要なのはよく言われていることです。一流選手が才能がある、つまり遺伝的に優れているというのは多くの人が認めるでしょう。

 

キレやすかったり、無気力だったり、勉強が苦手だったり、人とのコミュニケーションが苦手だったりする場合も遺伝によるものだと言えます。これは全部僕のことです。自己嫌悪になることも多いですが、遺伝なので仕方ないのかもしれません。

 

もちろん全部、遺伝のせいではなくて環境や努力も大きな要素ですが、本人の意思でどうにもならないことが多いのも事実です。セミリタイアしたいという性格も、もしかすると遺伝的なものかもしれません。

 

20歳くらいの頃からセミリタイアしたいと思っていたので、僕の場合は、社会に出た影響でセミリタイアしたいと思い始めたわけでは、ありません。でも僕以外の人もセミリタイアしたいと思っている人は遺伝の影響が大きいような気がします。

 

起業してバリバリ働いている人や、脂ぎってアクが強い人は、セミリタイアなど考えたこともないし、そういう発想が頭の中によぎったことないでしょう。そういう人たちは元々そういう性格だとしか言いようがない。つまり遺伝ということです。

 

この考えを押し進めると、犯罪だろうがボランティアだろうが全部遺伝が原因ということになり危険といえば危険です。でも僕は、すべて遺伝の影響が大きいと考えると今までの人生の中の出来事も、すっきりと説明ができる気がするのです。

 

中学の時、数学の教師が数学の苦手な生徒をヒステリックに怒鳴っている光景を今でもなぜかよく覚えています。その生徒は、真面目な性格で心の優しい人間でしたが、勉強はあまりできませんでした。

 

数学の教師は当然、数学の才能があり、少なくとも数学が得意な遺伝があったわけです。子供の時からそうだったから、数学の才能がなく、苦手な人間の気持ちがわからない。だから怒鳴ったり、時には手を上げたりすることになるのです。

 

その当時は、僕も数学ができないのは単に本人がなまけているだけだと考えていました。でも、努力できるということも才能であり遺伝なわけです。

 

才能がある人間はやればできるという手応えを感じることができるから、努力を続けことができる。でもそれを感じることができない人間には賽の河原で石を積んでいるような虚しさと徒労感を感じます。

 

労働が嫌いだという人も、結局は遺伝ということなのだと思います。労働が好きな人というのは、あまりいないのでしょうが、それでも30代40代で真剣にセミリタイアを考えるというのは遺伝によるものと考えます。

 

遺伝によるものなら、下手に抗わず受け入れて楽しくセミリタイアしたいと思っています。