自由を求めて

セミリタイアを目指す40代会社員の日々感じたことの記録をしていこうと思います。連絡先はkenkou146@gmail.comです。

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殺人を無罪にする方法の感想(ネタばれなし)

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アメリカの連続ドラマです。NetFLIXでタイトルが面白そうだったので見てみました。なんとなく見始めたのですが、面白くて次から次へと見てしまい1週間くらいで全部見てしまいました。
 
大学の講師であり現役の弁護士を大学生達が様々な裁判でサポートして経験を積んでいきます。その中で大学生達も殺人事件に巻き込まれていくというストーリーです。
 

「アメリカのシステムがよくわからない」

まず現役の弁護士が大学の講師をやるというのはよくあることなのか少し疑問に感じました。日本でも芸能人が臨時講師をすることもあるのでアメリカで弁護士が講師をしても不思議ではないのかもしれません。
 
ただこの講師である弁護士が教室の中でリクルート活動をしていたのは違和感を感じました。優秀な生徒は弁護士の手伝いができて将来、その弁護士事務所に就職できるようなのです。
 
生徒達もその状況を当たり前の事として受け入れています。「この弁護士は何を言い出すんだ!?」というような驚きは皆無です。
 
選ばれた生徒達も選ばれたことを大変名誉なことと考えており未来への貴重なキップを手に入れたと大喜びです。
 
選ばれた学生は本格的に裁判に関わっていきます。アメリカでは、こういう形のインターン制度があるということなのでしょうか。もしあるとすれば面白いシステムです。
 

「裁判はゲームになってしまっている」

このドラマを見ていて思ったことは裁判が完全に勝敗を争うゲームになってしまっているなあということです。真実を求める場所ではなく、ひたすら勝敗を競う場所なのです。
 
誰も真実なんて気にしていないのではないかと思うくらい戦略や戦術の話しかしません。検事はひたすら有罪にするための証言や証拠を探して提出し弁護士はその逆をします。
 
不利な証拠は隠蔽します。自分にとって不利な証言をする証人がいるなら、その証人の信用を落とすため過去をほじくり返します。
 
駆け引きや交渉を繰り返し勝敗が決します。野球やサッカーみたいにどちらが勝つか分からないハラハラするゲームを見ているようです。自分が無実の被告だったらたまったものではないなという感じです。

「陪審員制度もかなり危うい」

陪審員制度は崇高な理念の元に始まったと思われますが見ているとかなり危ういです。法の素人なのでどうしても感情で決めてしまいます。
 
ドラマの中で陪審員を誰にするかという戦いが検事と弁護士の間にあって興味深かったです。その人の職業や経歴を見ればある程度どちらに味方するか予測ができるのです。
 
「陪審員を選んだ時点だ勝敗は決まっている」というセリフがありました。本来の陪審員制度の趣旨とは大きく違っていますが現実はこうなのでしょう。
 

「誰にでも冤罪を背負う可能性がある」

このドラマを見て思ったことは誰でも冤罪になる可能性があるということです。その一方で真犯人は無罪となる可能性も十分あります。
 
結局のところ陪審員が判決を下そうがプロの裁判官が判決を下そうが変わらないような気がしました。十分な証拠がない時でも判断しなければならないので適当に決めているのと変わらないからです。
 

「まとめ」

アメリカの裁判ドラマはスリリングで面白いです。裁判が十分なエンターテイメントとなっています。さらにこのドラマは主要人物が殺人事件に巻き込まれ真犯人は誰かというミステリーの要素も大きく引き込まれます。NETFLIXに入っているなら一度見てみることをお勧めします。