自由を求めて

セミリタイアを目指す40代会社員の日々感じたことの記録をしていこうと思います。連絡先はkenkou146@gmail.comです。

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大塩平八郎の乱に見る企業の腐敗

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昨年は製造業を中心に企業の不正が明るみになった年でした。過去何十年と不正が行われていて、そもそもまともにやっていたことがないというケースもいくつかありました。

 

 

外国に比べて日本人は真面目で親切という話をよく聞きます。個人的にはわりとそれは当たっているのではないかと思うのですが、それならなぜ真面目であるはずの日本人が不正を繰り返すのでしょうか。

 

 

不正を絶対許せない超真面目な日本人として僕が思いだすのが江戸時代の大塩平八郎です。大塩平八郎の乱を起こしたとして歴史の教科書にも載っているのでほとんどの人は知っているでしょう。

 

 

僕は企業の不正を聞くと大塩平八郎の乱をよく思いだします。

 

[江戸時代は腐敗しまくっていた]

江戸時代の役人は腐りきっていました。「役人はニギニギをよく覚え」と川柳で歌われたように賄賂は普通のことでした。

 

 

「お奉行様、おまんじゅうをどうぞ」「ほう、これはうまそうなまんじゅうだな」と商人から役人がまんじゅうの箱を受け取り中には小判が詰まっているというやり取りは時代劇だけでなく本当に行われていたわけです。

 

ワイロを渡す商人は現代で言うところの企業です。大塩平八郎は受け取る側の役人でしたが正義感の固まりの彼はワイロを受け取らず商人がワイロを持って来たことを周囲に訴えていました。

 

 

しかしほとんどの役人はワイロを受け取っている状態なので周囲の人間はいちいち騒ぎ立てる大塩平八郎を「あいつうざいな・・」と思っていたことでしょう。

 

 

役人でいることに限界を感じた大塩平八郎は39才で退職してしまいます。退職するあたり本当に正義感にあふれた人だったのだろうなあと思います。

 

 

僕も含めてほとんどの人間は「もう知るか!」という気持ちになって大きな流れに流されて生きていくのだと思います。

 

 

[大塩平八郎は非業の最後を遂げた]

大塩平八郎は役人を退職した後、塾を開いて思想を教えていきます。江戸時代に塾を開いて生計を立てていけるのだろうかと疑問に思いますが経済的にはゆとりがあったようです。

 

 

退職してしばらくすると全国的な大飢饉が起こります。地方の農村で餓死者が続出する一方で都会の商人や役人は飲めや歌えの優雅な暮らしを送っていました。

 

 

どれだけ人が亡くなっても「代わりの人間はいくらでもいるから大丈夫だ。」と笑いながら言って周囲に美女を侍らせ商人から酒をつがれる役人の姿が目に浮かびます。

 

 

そういった社会に怒りを感じて我慢できずに大塩平八郎は大阪で挙兵します。しかしあっという間に幕府の軍に鎮圧されてしまいます。

 

 

最後は幕府の軍勢に包囲され火薬を使って自決する最後でした。飢饉で苦しんでいる人がいても全く動かない役人も自分の立場を危うくする事に対しては機敏な動きを見せます。

 

 

正義感が強かった大塩平八郎は正義感が強かったがゆえに非業の最後を遂げたと言えます。残念ながらいつの時代も正義感の強すぎる人は同じ運命をたどります。

 

[不正を罰するシステムがなければ個人の力では何もできない]

結局のところ不正を罰するシステムがないと個人でいくらあがいてもどうすることもできないでしょう。企業に就職して組織的な不正が行われている場合、1人で大騒ぎしても空気の読めない奴と思われておしまいです。

 

 

某独裁国家に生まれて人権を主張しても強制収容所に入れられるだけです。それですめばラッキーなのかもしれません。労働基準法も違反者に対する罰則が甘いので守らず不正を働く人がいっぱいいます。

 

 

システムや仕組みを変えるしかないのですが、それをするためには権力が必要で個人には無理なので不正が行われていても諦めるということが唯一の選択肢となります。

 

[まとめ]

へたに正義感が強く暴走すると破滅する可能性が高まるので緩やかな変化を求めて期待するしかありません。日本という国だけ見れば少しずつでもいい方向に変化していると思います。

 

 

個人としては真面目で正義感のある人でも組織の中に入ると不正をしてしまいどうすることもできないのが人間です。ケースバイケースですが不正問題が起こった場合、ゆるやかにシステムを変えることに力を入れるしかないのだと思います。