自由を求めて

セミリタイアを目指す40代会社員の日々感じたことの記録をしていこうと思います。連絡先はkenkou146@gmail.comです。

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怒りの収め方

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[自分をアバターだと思う]

生きていると不快なことや腹の立つことから完全に逃れることができません。特に職場では言わなくていい事を言ったりやらなくていいことをやったりする人やその逆で言うべきことを言わない人ややるべきことをしない人が一定の確率で存在します。できれば一生関わらないですましたいそれらの人とも関わらざるを得ないのがサラリーマンのつらさです。

 

 

先日もどうでもいいことで大騒ぎする人間がいてあーだこーだと非難してきましたが受け流しました。10年前の自分ならきちんと話し合いをしようなどと思ったかもしれませんがどうでもいいことであるがゆえに受け流すことが最善と判断しました。

 

 

職場に限らず飲食店やコンビニ、ホテルの接客が悪かったとか電車に乗ったとき他の乗客でマナーの悪い人がいたとか不快なことは起こるものです。すぐ忘れてしまうことも多いですが何年たっても思い出すように心に刻まれることもあります。僕の場合、数年前に東京の有名ホテルに宿泊したときフロントに疑問があったので質問した時に急にキレられたことを今だに覚えています。

 

 

別にクレームや難癖をつけようと思っていたわけではなくて純粋に疑問があったから聞こうとしただけでした。どうやらこちらの発言をクレームと勘違いしたらしいいかにも気の強うそうな女性フロントスタッフが僕の発言を途中でさえぎってキツイ調子で「それはできません!」とピシャリと言い放ちました。

 

 

その彼女の返事も僕の知りたいことと関係のないものでした。僕も不快になったものの努めて冷静にそうじゃなくて知りたいのはこういうことだと説明すると明らかに彼女は動揺して苦笑いを浮かべながら僕の質問に対する回答を慌ててしてフロントの裏に引っ込んで行きました。

 

 

まさか旅行中に有名ホテルでこんな経験をするとは思っていませんでした。恐らくはしょっちゅうクレームを受けていて警戒心がマックスになっていたと思われます。それにしても有名ホテルのフロントスタッフが客の発言をさえぎって誤解した上にキレるとは人材教育の難しさを感じました。

 

 

数年たった今でもたまにこの出来事を思い出したりします。我ながら損な性格です。過去の嫌な出来事は全然思い出さないという友人がいましたがうらやましい限りです。僕は過去の嫌な出来事をたまに思い出したりするので最近は家の外にでた自分はアバターだと思うようにしています。

 

 

どういうことかというと本当の自分は自分の部屋で好きなことをしている自分であり外にいる自分は仮想の人格をまとった自分だと思うようにしています。アバターを攻撃されても本体である自分は傷つかないというわけです。もちろんこういう考え方にも限度がありますが、いい意味で肩の力が抜けて熱くなりすぎることが少なくなったように思います。

 

[歴史を考える]

熱くなって怒りが頭の中でグルグル回るような時は歴史のことを考えるとけっこう冷静になれます。当たり前ですが歴史上自分よりもっと苦しい立場に立たされた人は山ほどいます。そういった人たちの物語を考えるとスっと心が落ち着いたりします。僕の場合は古代中国の戦国時代の物語が好きです。項羽と劉邦とか三国志などです。

 

 

もっと大きな支店で人類の進化の歴史とか宇宙の歴史など考えるとやはり気持ちが落ち着きます。100万年とか200万年とかいう単位で進化していった人類というものを考えると僕の怒りや屈辱もどうでもいいことです。現実逃避かもしれませんが辛い現実ばかり見ていても仕方ありません。さすがに職場にいるときに人類の進化について考えてはいられないですが自分の部屋に戻ってホッと落ち着いた時に大きな視点を持つことは精神衛生上いいことです。

 

[無理矢理でも論理的に考える]

怒りは感情です。感情が暴走している状況です。そこで無理矢理でも論理的に考えることも怒り対策には有効です。感情の部分も論理的思考も脳が制御しているのですがそれぞれ別の機能を使うらしく同時並行はできないのです。だからただ怒りを爆発させるのではなくて無理にでも「なぜこんなに腹が立つのか」「なぜこの出来事が起こったのか」「どうしたらもう起こさないで済むか」「この出来事によってメリットはないか」などと考えます。

 

 

可能ならパソコンのワードに書き込んで文章で読んだほうが効果的です。友人が結婚して僕にはなぜか秘密にしていてほかの友人には挨拶や報告をしていたことがありました。僕としては少し不快だけどそこまで怒りを感じていたわけではなかったのです。会った時に挨拶くらいしてくれてもいいのにと言ったところ「なにが悪いんだ!!」となぜかものすごく逆ギレされました。

 

 

僕としてはこの態度こそ不快だったのですが無理やり論理的思考をしました。なぜ腹がたったのか⇒僕は相手を友人と思っていた。 どうしたらもう起きないようにできるか⇒他人には極力何も期待しないほうがいい。 この出来事のメリット⇒経験と教訓を得ることができた。いろいろ苦しい理屈もありますが、とりあえず怒りを収めることができます。

 

[まとめ]

なるべく感じたくはないですが怒りとは一生付き合っていかなければならない感情です。こんな文章を書いたのは最近なぜか過去の不快な出来事をよく思い出したからです。怒りの感情とは上手に付き合っていきたいです。