自由を求めて

セミリタイアを目指す40代会社員の日々感じたことの記録をしていこうと思います。連絡先はkenkou146@gmail.comです。

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友人は消えゆく運命なのか

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50代以上の人間の場合、友人がいない人が多いという記事を読みました。50代以降の人間で親友がいていつもべったりしているというのは確かに違和感があるので本当かもしれません。10代20代の頃は友人や仲間が何よりも大切という人も多いでしょう。だけど30代40代になって仕事や家庭を持って友人とも疎遠になることが予想されます。50代以降ともなれば完全に友人関係は消滅している人も多いのでしょう。

 

[仲の良かった友人は例外なく消えた]

 

僕の場合は10代20代の頃、気があって親友のように多くの時間を過ごした人間が3人いました。でも今はまったく連絡を取り合っていません。30代の頃、関係が途絶えました。それも自然消滅ならまだ良かったのですが、みんな気まずい雰囲気で人間関係が悪化して交流がなくなりました。みんな10年以上親密に付き合っていたにも関わらず最後は残念な結果となりました。

 

関係が破綻した理由はいくつかありますが、その最大の理由は距離が近すぎたから、ということになります。何でも話し合う親しい間柄だったがゆえに自分のことを何でも話して、さらに遠慮のない言葉が返されると関係に少しずつヒビが入っていったということが起こっていたように思います。もう少し距離をおいて接していれば良好な関係のままいられたのでないかと思うときもあります。

 

ただ距離を置いた関係だとトラブルも起きない代わりに自然消滅する確率は高まります。彼らと距離を置いて接していれば、連絡を取り合うこともなくなっていったように思います。結局のところ距離を置こうが置くまいが人間関係はなくなっていくものなのかもしれません。

 

[年に1回会う関係]

 

大人になって出会って話が合って、友人のように交流する人というのも何人かいました。親友ほどでないけど仲はいいという関係で相手にあまり踏み込んだことも聞いたりせず、説教臭いことも言ったりせず理想的な関係と言えるかもしれません。だけど環境が変わって会う機会がなくなれば、あっという間に関係は自然消滅します。学校でクラス替えがあれば友人関係がリセットされるのと同じです。

 

そういう中でも自然消滅せずに年に1回か2回くらいは会って交流するもいます。大人になれば特に用もなくただ会うということが難しくなります。年に1回でもお互いが会いたいと思えるなら相当仲がいいと言えるでしょう。それでも年に1回2時間一緒に食事して解散するというだけの交流になります。大人の友人というのはこれくらいが限界なのかもしれません。

 

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[友人がいなくても幸せな人生はあるか]

 

友人がいなくても幸せな人生はあるだろうかと考える時があります。飲食店に入ればたくさんの客がそれぞれの相手と楽しそうに親しげに話しています。彼らは恐らく友人なのでしょう。人生に友人がいる人たちです。しかし僕には友人はいないと言っていい状況です。そういう人間にも幸せに生きていけるだろうかとふと考えてしまうのです。どのみち今後友人のいない人生を生きていくわけだから少しでも楽しく生活するしかないわけですけど。

 

それに50代以降の多くの人は友人がいないのです。その人たちがみんな不幸なわけではないだろうし娯楽の多い社会です。むなしさを感じる時もあるかもしれませんが楽しく生活することは可能です。読書とYoutubeNetflix、ゲームなど娯楽を楽しむのです。他人に認められるとか賞賛されるとかないとむなしさを感じるのが人間ですが、むなしさを感じながらも幸せに生きれるのも人間です。

 

 

[まとめ]

 

友人がいないことにさみしさを感じながらも一人でいることにホッとしている自分を感じます。それに正直なところさみしいという気持ちも年々減っていきます。これが年齢的な精神の変化なのでしょうか。友人がいれば楽しいことも多い反面、面倒だったり不快な気持ちにさせられることもあります。そういうことも含めて人間関係を楽しむべきなのかもしれませんが一人でいることが快適であることも事実です。

 

現在友人がいる人は大切にすべきでしょうが、いない人は無理に作ったり他人と交流せずに一人で楽しく生活することを目指すべきです。

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