自由を求めて

セミリタイアを目指す40代会社員の日々感じたことの記録をしていこうと思います。連絡先はkenkou146@gmail.comです。

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友達も居場所もなくていい

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[みんないつかいなくなる]

職場の気の合う同僚が転職しました。精神的にも仕事的にも少なからぬショックがありましたが数ヶ月前から言われていたことでもあったので思った程ではなかったです。それでも多少しんみりするような気持ちになりタイトルのように人生、友達も居場所もなくていいはずだと思った次第です。

 

「また遊びに来ます!」「時々連絡します!」と社交辞令ではない勢いで言っていた人たちも時間が経ってやはり社交辞令だったなと思うことが時々あります。こちらからlineでメッセージを送ってなぜか未読スルーされたこともあります。外国に行く後輩に「街並みの写真おくってよ」「絶対送ります!!」というやりとりをしたこともあります。

 

 

なんとなく送ってこないだろうなと思っていたのですがやはり送ってきませんでした。まあこれらは単に個人的に僕に人望がないがゆえに起こっていることです。ただ一般的に言っても仲がいいとか気が合うとか親友と言っても生活環境が変わると疎遠になるということはよく起こることです。

 

 

学生時代の親友と社会人になってからも20年30年と交流があるのはまれではないでしょうか。親友がいるとか居場所があるとか言っても時間とともにだいたいいなくなってしまうものです。孤独だとか誰にも関心を持たれないとか悩む人もいると思いますがつきつめて考えれば全員孤独で誰にも関心を持たれていないとも言えるので気にする必要はないと思います。

 

 

と言いつつも辞めていった同僚から連絡が来たのがとても嬉しかったのも事実です。1時間ほど世間話をしました。今後も交流があればいいとは思いますが仮になくなってもそれが当たり前のことだと心の準備をしています。

 

[ゆるいつながりでいい]

家族も仕事もなくなって完全に孤独な状態になっても楽しく生きていけるだろうかと考えることがあります。多分経済的な心配さえなければ十分楽しく生きていけるような気がします。まったく人と交流しないのも精神衛生上良くない気がしますが、現在はインターネットが普及しているのでゆるい関係を維持することができる可能性もあります。

 

友人と言えるほど親しい関係ではなくて居場所と言えるほど濃密な場所でなくても人と交流することは可能です。むしろそういう淡白な関係だからこそ心地よく居られるような気がします。もしかすると年に1回か2回言葉を交わすだけの関係かもしれません。3ヶ月に1回ちょっとだけ世間話をする関係かもしれません。

 

それくらいのゆるい関係の方が気楽で心地よい気がします。オンラインゲームのフレンドくらいの距離感で十分だと思います。もっとも仕事をしていると気が合う人とも合わない人とも関わらざるを得ず孤独だとかゆるい関係なんて言っている場合ではありません。そう考えると孤独だとかゆるい関係はとても贅沢な状況だと言えます。

 

[友達や居場所には代償が必要]

友達や居場所を維持するには労力や時間、お金が必要となります。コミュニティの中に入れば嫌われないように立ち回るために気疲れしたり単純に時間やお金も必要となります。それで楽しければ何の問題もありませんが楽しいだけではすまされない様々な感情が沸き起こることも多いです。

 

 

友達や居場所が自分にとって大切なものとなり必要なものとなればなるほど、それが失われた時の恐怖や心配も増えていきます。他人に嫌われることに神経を消耗させることになります。昔の日本人は地域のコミュニティに所属して他の村人と交流し必要とされ心の平穏を得られると同時に常に村八分の心配もしなければなりませんでした。

 

 

ゆるい交流関係を維持しながらも一人でいるのが一番気楽でいいというのが僕の結論です。もちろん自然に心地のいい居場所ができる分にはいいですが無理に作ろうとした瞬間、維持するための様々なコストが生じてしまいます。

 

[まとめ]

心の平穏を他者に依存しているとすぐに平穏が壊されてしまいます。友達や居場所を強く求めていない人ほど友達や居場所を平穏に楽しめるという現象があるような気がします。あったらあったでいいけどなかったらなかったでいいというくらいに気楽に生きていきたいです。